今月はお彼岸を迎えます。お彼岸とは、六波羅蜜を実践する大切な期間でもあります。今回はその中より「智慧」について少しお話しいたします。
私たちが日常で使う「ちえ」は「知恵」と書き、知識や経験を積み重ねることで得られるものです。しかし仏教では「智慧」と書きます。この智慧とは、単なる知識の多さではなく、物事の本質、すなわち無常・無我の真理を見抜くはたらきを意味します。
私たちは日々、物事を良い・悪い、好き・嫌いと「分別」しながら生きています。この分別は生活において必要な働きではありますが、ともすれば執着や偏りを生み出す原因ともなります。
仏教でいう智慧とは、この分別にとらわれない「無分別」のはたらきにほかなりません。すべてをありのままに受けとめ、対立や優劣を超えていく眼を養うこと、それが智慧の実践であります。
日々の忙しさの中にあっても、ほんのひととき立ち止まり、自分の分別の心に気づき、そこから離れる時間を持つことが、智慧への第一歩となるでしょう。